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鳥取地方裁判所 昭和53年(ワ)188号 判決

原告

日動火災海上保険株式会社

右代表者

中根英郎

右訴訟代理人

川瀬久雄

被告

鳥取県

右代表者知事

平林鴻三

右指定代理人

守屋憲人

外七名

被告

東郷町

右代表者町長

森田泰徳

右訴訟代理人

藤原和男

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件事故の発生及び事故現場付近の状況

1  中村が昭和五一年七月二三日午後二時二五分ころ、甲車を運転して鳥取県東伯郡東郷町大字田畑字出合弐一の一番地先の県道を進行中、安東運転の乙車と正面衝突し、頭蓋骨骨折等により即死したこと、県道は本件事故現場付近では東郷川西岸の堤防止にほぼ南北に通じ、その幅員は約6.7メートルで、中央線をもつて東西二車線に区分されていたこと、事故当時、安東は乙車を運転して時速約六〇キロメートルで県道の東側車線を北方から南方へ向けて進行していたが、前方約61.5メートルの進路上を炎と煙が覆つていたことに気付き、これを避けるため対向車線である西側車線に入つて進行したため、折から西側車線を対向してきた甲車の前部に乙車の前部を衝突させたことは当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、次の事実を認めることができる。

(一)(1)  県道は平坦でアスファルト舗装され、本件事故現場の北方及び南方ともそれぞれ約一〇〇メートル以上にわたつてほぼ直線道路であつた。衝突地点(別紙図面④の地点である。以下各地点を同図面の符号に従つて表示する)は東郷川にかけられた川上橋から約94.9メートル北方であつた。県道の西側は路面より約一ないし二メートル低い水田地帯で人家その他視界をさえぎる工作物はなく、本件事故当時、煙を除けば、本件衝突地点から南方及び北方へそれぞれ三〇〇メートル以上離れている県道上から、相互に見通すことができる状況であつた。

(2)  東郷川は県道東端のガードレールを隔てて路面から約三ないし四メートル低い所に位置し、その幅員は約二〇ないし三〇メートルであつたが、本件事故当時は水流の幅(別紙図面の青色の部分)は約七ないし八メートルで、その余の部分は河川敷が表出して茅等の雑草が生い茂つていた。

(3)  愛護会の高辻地区の住民が昭和五一年七月一八日川上橋付近から南方の河川敷、同じく田畑地区住民が川上橋付近から北方地点付近の河川敷に繁茂していた雑草を刈り取り、刈取場所ごとに、その箇所に刈り取つた草を集積しておいた。

(4)  東郷川の東側一帯も田畑であり、近くに人家その他の工作物はなかつた。

(5)  本件事故当日午後一時すぎの気象状況は、天気晴、気温約三一度で、弱い北東風が吹いていた。

(二)(1)  同日午後一時すぎころ、東郷川の河川敷の東側寄りの地点付近から出火し、幅約一〇メートルの煙が南西方へ川面をはつて土手をのぼり、県道をほぼ真横に覆つていた。

(2) 地点の火は次第に東郷川の河川敷にあつた刈り取つた草及び刈り残された草に燃え移り、同地点から南方約三〇〇メートルの地点の河川敷まで進み、県道の東郷川側の法面に生えていた草にも燃え移つた(燃えた部分は別紙図面の桃色の部分である)。

(3)  本件事故が発生した午後二時二五分ころ、現場付近では、地点付近で河川敷及び県道の東郷川側の法面の草が燃えて、その炎が路面からの高さ約0.5メートル、南北約六ないし七メートルの範囲で道路中央線辺りまで侵入し、同所付近から大量の煙が県道の東側から西側にかけて吹き流され、この濃煙が地点辺りから⑤地点の南方辺りにかけて広がり、同所内では県道上の見通しが全く妨げられていた。また地点から約60.5メートル南方に離れた地点上にも、地点とは別箇に発生した濃煙が県道を覆い、それより先の見通しが全くきかない状況であつた。

(三)  安東は乙車を運転して①地点まできたとき、前方約61.5メートルの地点付近の炎と煙に気付いたが、地点と地点の中間辺りに煙のない箇所があり、そこには対向車が認められず、また平常、県道は自動車の交通量が少ないことを知つていたため、このときも対向車がないものと軽信し、道路左側の炎を避けて進行するため、時速約五〇キロメートルに減速し、②地点付近からハンドルを右にきつて対向車線に入つた。そして③地点まで進出すると、進路前方が煙のため見通し不能となつたが、そのままの速度で地点から約一二メートル進行した④地点で、乙車前部に激しい衝撃を感じ、急停止して降車したところ、初めて対向してきた甲車と正面衝突したことに気付いた。

(四)  安東から本件事故発生の通報を受けた倉吉警察署の警察官が同日午後二時五〇分ころ現場に到着し、さらに警察官の要請によつて倉吉消防署羽合分署の消防車が午後三時すぎころ出動したが、そのころはほとんど鎮火状態であつた。右火災の結果南北約三〇〇メートル、面積にして約七五〇〇平方メートルの範囲にわたる河川敷内にあつた刈り取つた草及び刈り残された草が焼失した。

(五)  しかしその出火原因は不明であつた。

二被告県の責任

1  県知事の河川管理の瑕疵について

東郷川は県知事が管理し、被告県が管理費用を負担する二級河川であることは当事者間に争いがない。ところで原告は、右管理者たる県知事の河川管理の内容として治水利水はもとより河川敷に生える草木の除去等による清掃も含まれると主張するので、この点につき検討する。

判旨(一) 国家賠償法二条一項に規定する営造物の管理の瑕疵とは、管理者による営造物の維持、修繕及び保管に不完全な点があることにより営造物が通常備えるべき安全性を欠いていることをいうものと解する。これを河川について考えてみる。河川(流水と敷地との一体)が公用物として有する機能は雨水等の流水を円滑安全裡に上流から下流へと流下させることにあり、河川管理の目的は流水の正常な機能を維持し、洪水等の発生を防止しつつ河川を適正に利用することにある。したがつて流水の右機能が阻害され、河川が本来有すべき安全性を欠いている場合、河川管理の瑕疵があるということができる。この流水の機能維持という観点からみると、河川敷の草木を伐採、切除することも、当該河川の具体的状況に応じ、その管理の一内容に含まれることがあり、河川敷の草木を放置しておけば流水の機能が阻害され、洪水等による災害のおそれがあるというような場合には、河川の通常有すべき安全性が欠如することになり、河川管理に瑕疵があるということができる。

(二) 本件では、東郷川の河川敷の刈り取つた草及び刈り残された草が何らかの原因により出火して河川敷が広い範囲にわたり燃え、右河川敷に隣接する県道を炎と煙が覆つたというのである。しかし、そのことにより東郷川が河川としての本来的機能を阻害され、客観的に安全性を欠いた状態にあつたものとは到底いうことができず、右県道の炎及び煙の状況は道路管理の責任として問うべきものである。したがつて、原告の河川管理の瑕疵についての主張は失当といわなければならない。

2  被告県の道路管理の瑕疵

(一)  被告県が本件県道を管理していたことは当事者間に争いがない。

(二)  ところで公用物たる道路の管理の目的は一般交通の安全性を確保することにあり、その管理の内容には、右目的を達成するために必要な一切の作用が含まれるものと解する。そこで道路それ自体に物的瑕疵がある場合はもちろん、そのほかにも道路上の障害物、自然現象等の外部的要因により道路がその機能上通常有すべき安全性に欠け、当該道路の性状、場所的環境、交通量等諸般の事情からみて、道路管理者が右安全性の欠如を知り、又は知りうべき状況にあり、事故の発生を事前に予測し、かつ、事故防止に必要な措置をとることができるのに、これを怠るときには、道路管理に瑕疵があるものと解すべきである。

(三)  そこで本件県道の管理の瑕疵の有無について検討する。

(1) 刈り取つた草の除去義務について

(イ) 〈証拠〉によると次の事実を認めることができる。

(a) 鳥取県知事は、道路又は治水施設を愛護する目的で結成された団体(愛護団体)に対し必要な奨励及び援助を行うことにより、道路及び治水施設の愛護の思想を普及し、これらの維持保全を図る目的で、昭和四三年七月一〇日、愛護規程を制定告示し、同規程に基づき東郷川愛護会が結成された。右規程による愛護会の実施する作業内容は、河川に投棄された汚廃物の処理、草木の除去、堤防又は護岸の小破修繕及び河床の整理等であるが、現実には河川敷の草刈りを行つていたにすぎなかつた。

(b) 同規程により、愛護会は、毎年当該年度中に実施した作業に関し、その実施後に実績報告書を作成して所轄土木出張所に提出していた。

(c) 愛護会は東郷川と川上川の流域にある田畑地区、高辻地区等九地区により結成された愛護団体である。被告町は毎年七月二〇日の水郷祭に備えて環境美化のために河川敷の草刈りを愛護会に依頼し、愛護会ではそれに応じて各地区ごとに日時を決め、各戸から一人ずつ参加して右両河川の河川敷の草刈りをするのが慣例となつていた。草刈りの担当区域は各地区ごとに決められていたが、本件事故当日火災が発生した河川敷については、川上橋の下流約一〇メートルの所に設置されている堰堤を境として、その上流が高辻地区の、下流が田畑地区の各担当区域となつていた。刈り取つた草の処理については被告県や被告町から具体的な指示はなく、各地区の判断に任されていたが、例年田畑地区では数日間河川敷に置いて乾燥させて搬出し易い状態にしたうえ、果樹園の敷き草等に使用するため搬出し、高辻地区では七月二八日の祭礼の日に地区住民が協力してその場で焼却することにしていた。

(d) (前記認定のとおり昭和五一年には、高辻地区が七月一八日、田畑地区が同月二一日草刈りを実施し、刈り取つた草をその場に置いていた。)高辻地区では例年のように同月二七日に焼却することを決めていた。

(e) 倉吉土木出張所は昭和五〇年以前すでに愛護会から、毎年提出される事業実績報告書により、同会が毎年七月中に東郷川河川敷の草刈りを行つていたことを知つており、また本件事故発生以前に、パトロール中、本件事故現場と関係のない他の河川敷や田畑、空地等に枯草や廃棄物が放置されていたのを確認したこともあつた。しかし、それらが燃焼するなどして車両の通行安全の確保に障害となつたことはなかつた。本件事故当日以前に、東郷川の河川敷内で火災が発生したこともなかつた。

以上の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(ロ) 以上認定の諸事情、とくに本件事故現場の周辺一帯の状況、各地区住民によつて刈り取られた草の処理方法、本件県道と東郷川との位置関係、県道上における人車の交通量、本件事故発生前に、この現場付近の河川敷での出火事故がなかつたこと等の事情を総合すると、刈り取られた草は間もなく乾燥し、燃焼し易い状態になり、一旦出火すれば、集積された草及び刈り残された草に順次燃え移り、相当広範囲にわたつて延焼することが予測できないことはないが、本件では刈り取つた草は焼却又は搬出等するため極く短期間内に、河川敷に置かれていたものであり、その間に第三者の故意又は過失により、集積された草に点火されることは予測できたとか、予測しうべき状態にあつたということはできないので、河川敷で刈り取られた草がその場に置かれたことにより、県道上における交通の安全に対する危険性が発生していたと認めることはできない。したがつて被告県には予め右草を除去する義務はなく、原告主張の県道の管理の瑕疵はなかつたものといわざるをえない。

(2) 出火後における交通規制等の措置義務について

(イ) 〈証拠〉によると、以下の事実を認めることができる。

(a) 本件県道の具体的管理業務は鳥取県倉吉土木出張所維持管理課が担当し、その職務内容は道路の安全性を確保するための道路パトロール、損傷箇所の修繕、路面の清掃、草刈り、道路標識の設置、落石等の危険箇所の点検、道路不法占用の取締等であつた。同出張所は本件県道を含め全部で六〇路線(国道二路線、県道五八路線)を所轄しており、その業務を遂行するにあたつては、同課を三班に分け、機動班が道路及びその付属物の維持修繕を、作業班が路面、側溝等の清掃、草刈り、道路の維持修繕を、道路パトロール班が、損傷箇所の早期発見、交通障害物の発見除去、占用工事の監視、落石土砂崩れ等の危険性の有無の確認を分掌していたほか、機動班と作業班はその管理業務のため現場に到着するまでの間、その通過道路のパトロールを行つていた。パトロール班は平常のパトロールを所轄道路の交通量、路面状況等に応じて三段階に分け、交通量が多く損傷を受けやすい国道や主要県道については一週間に一回、交通量が比較的少なく、道路状況が良好な路線については二週間に一回、交通量が極めて少なく、道路状態の良い路線については、随時パトロールを実施するべく計画を立てて実行していた。これ以外にも異常気象時や占用工事ないし損傷箇所の多い道路については、さらに随時パトロールを行い、また他課の職員も県知事から道路管理員に任命されて随時道路状況を監視する態勢になつていた。

定期的パトロールは維持管理課職員が毎日交替で二、三名の班を構成し、一日五、六路線について実施し、パトロール中に道路の損傷等の異常を発見したときは、その程度に応じて通行規制を行つたうえ、機動班や作業班に連絡して現場に急行させて必要な措置をとることとしていた。

(b) 同出張所は道路状況の異常について、パトロールによつて知るほか、一般市民、通行人からの通報によつて知ることもあり、その件数の割合はほぼ半々であつた。

(c) 延長七四〇〇メートルに及ぶ本件県道については昭和四七年に全線にわたり二車線改造整備工事が行われ、落石土砂崩れ等の危険箇所はなく、路面状態が良好であり、ガードレール等の保安設備も整つており、また交通量が比較的少なかつたため、二週間に一回の定期パトロールが行われていた。

(d) 昭和五一年七月中、本件県道については本件事故前に定期パトロールのほか機動班、作業班によるものを含めて四回のパトロールが実施され、事故直前のそれは同月一六日に行われたが、本件事故発生日の同月二三日にはパトロールは行われなかつた。

(e) 同出張所は同日午後三時ころ休暇中の職員から県道上で交通事故による自動車火災が発生した旨の通報を受け、直ちに職員らを現場に急行させた。午後四時前ころ現場に到着した職員らは、その時、初めて河川敷での火災であることを知つた。

(ロ) 以上の認定事実によると、本件事故当時の現状に関する限り、事故現場付近の県道は炎と煙に覆われ、前方の見通しが不可能もしくは極めて困難な状況にあつたのであるから、客観的に道路が通常有すべき安全性を欠いていたものということができる。しかし、前記認定のとおり、県道は平常交通量が比較的少なく、路面状態も良好であり、また本件事故当時まで沿線の河川敷の草等が燃えて交通の障害となつたことはなかつたこと等に照らすと、被告県(出張所)が県道について計画上二週間に一度の割合でパトロールを実施すべきものとし、また当日県道のパトロールを行つていなかつたことをもつて直ちに不相当であつたということはできず、また本件火災は第三者により惹起された突発的、偶発的なものであるといわざるをえず、本件事故が発生したのは、河川敷での火災の発生の約一時間後であり、被告県が本件火災の発生を発生直後に知ることができず、それゆえ本件事故の発生を予見できず、その発生を未然に防止するため通行規制をする等の措置をとらなかつたとしても、県道の維持管理に不完全な点があつたということはできない。したがつて、被告県にとつて本件事故の発生の回避可能性がなかつたものといわざるをえず、本件県道の管理に瑕疵があつたと認めることはできない。

3  そうすると、原告の本訴請求中、被告県に対し、河川又は道路管理の瑕疵があることを理由に、河川の管理費用負担者ないし道路管理者としての賠償責任を問う請求は理由がない。

三被告町の責任

1  国家賠償法二条一項の規定による責任について

(一)  営造物について法令上の管理主体でないものであつても、法令上の管理主体の同意のもとに、これと同等ないしはそれに準ずる程度の管理作用を及ぼして、実質的に当該営造物に対する管理を分担しているものであつて、当該営造物の瑕疵による危険を効果的に防止しうる立場にあると認められるときは、同条項による賠償責任を負担する場合もあると解するのが相当である。

(二)  そこで、被告町の東郷川管理についての行政主体としての関与の内容、程度についてみるに、被告町が毎年七月に東郷川愛護会を構成する各地区に対して河川敷の草刈りを依頼し、各地区ではその依頼に応じて草刈りを実施していたことは前認定のとおりであり、〈証拠〉によると、さらに次の事実が認められる。

(1) 被告町は、右報告書作成の資料とするため、各地区から草刈実施予定日の通知を受け、右当日には職員が現場に赴き、作業前後及び作業中の河川敷の状況を撮影していた。

(2) 被告町は毎年愛護会に対し、草刈作業に対する謝礼の意味で作業参加者一人あたり一〇〇〇円程度の金銭を報奨金の名目で交付し、その資金に充てるため報奨費を予算に計上していた。昭和五一年度に愛護会に交付された報奨金の額は二八万七〇〇〇円であつた。被告町は右報奨金の交付について県又は県知事からいかなる指示も受けず、また何らの金銭的補助を受けたこともなく、独自の判断で行つていた。

(3) 被告町は、愛護会に東郷川河川敷の草刈りを依頼する以外は、同川に対して何らの管理行為も行つていなかつたし、また右報奨金の交付以外に同川の管理に関連していかなる経費を支出したこともなかつた。

(三)  以上認定のような被告町の東郷川管理に対する関与の内容、程度では、いまだ法令上の管理主体である県知事と同等ないしはこれに準ずる管理作用を及ぼし、右管理業務を分担していたものとは到底認めることができず、したがつて、被告町に同条項の規定による賠償責任があるということはできない。

2  同法三条一項の規定による責任について

原告は、被告町が東郷川の管理費用負担者として同法三条一項による賠償責任を負担すべきであると主張しているが、右責任は東郷川の管理者である県知事に河川管理の瑕疵があることを当然の前提とするものであるところ、前記のとおり県知事に河川管理の瑕疵が認められないのであるから、被告町に同条項の規定による責任があるということはできない。

四そうすると、原告の本訴請求はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(鹿山春男 大戸英樹 三浦州夫)

図面〈省略〉

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